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最後に・・・

母が寝ていた部屋には今、祭壇が置かれています。

母の遺影は数年前の元気だったころの優しい笑顔。

やはり笑顔が一番いいです。

これからは、在りし日の母の笑顔を偲んでいきたいと思います。

 

認知症になって約20年。

乳がんの手術をして8年半。

母はとても頑張りました。

 

でも、もうこれ以上は・・・母にとって酷なことだと思います。

「もう頑張らなくてもいいよ」

私はそう言ってあげたかった。

それが正直な私の気持ちです。

今は痛みから解放され、安らかな眠りについているでしょう。

 

在宅で介護すること。

私だけならともかく、家族にも負担を強いることです。

母の認知症がしだいに進行していき、父だけでは大変になってきました。

両親との同居を申し出た時、主人は二つ返事で了解してくれました。

 

しかし、症状の深刻化により、主人の疲労度もしだいに増してきました。

主人に、施設への入居を何度か勧められました。

でも、どうしてもそうすることができませんでした。

最後まで私の身勝手を通してしまいました。

主人には申し訳気持ちで一杯でした。

 

しかし、母が亡くなった時・・・

「家族が大変だから、おばあちゃんには施設に入ってもらったほうがいいとずっと思っていたけれど、自宅で看取れて本当によかったと思う。○○(私)はよく頑張ったと思うよ」

主人はそう言ってくれました。

私は溢れる涙をこらえることができませんでした。

 

「それは○○(主人)のおかげ。同居してくれたから・・・本当にありがとう」

言葉にするのがやっとでしたが、主人に感謝の気持ちを伝えることができました。

 

母が、家族の絆を深めてくれました。

 

認知症でなければ、病院で最期を迎えていたと思います。

デイにも行けなくなり、最後の2週間はほとんど寝たきりでしたが、母との最後の時間はとても穏やかでした。

もし、自宅で最期を迎えるとしたらどうなるのだろう・・・と不安な気持ちもありましたが、

今は、そうできてよかったと思います。

認知症だったからこそ、最後に私に母と二人だけの時間が与えられたのだと思います。

一緒に寝て・・・一緒に食べて・・・

最期までずっと母の側にいれたこと、本当に幸せでした。

 

先に父を看取り、そして今回、母を看取り・・・

私は子どもとしての責任を果たせました。

もう何も悔いるものがありません。

これからは多分、どこかで見守っていてくれるだろう両親に心配をかけないように自分の人生を歩んでいきたいと思います。

 

これまで読んでくださった皆さま。

本当にありがとうございました。

 

母の介護記録として始めたブログでしたが、落ち込んでいた時に心配してくださったり、励ましの言葉をかけてくださったり、いつの間にか私自身が支えてもらうブログになっていました。

皆さまの支えがあってこそ、いろんなことを乗り越えてこれたのだと思います。

 

今まで、本当に本当にありがとうございました。

 

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コメント

ティカさん、今ブログを読んでびっくりして・・・
ごめんね、何も知らなくって遅くなってしまって。
頑張ったね、ティカさん。
子どもが親を見送る、当たり前のことなんだけどこんなに辛いものなのかって思うよね。
お母さん、ティカさんを生んでよかったって思ってるよ。
まだしばらくは涙の乾かない日が続くかもだけど、お母さんとの思い出に浸ってティカさんも体気をつけてね。

投稿: ayami | 2011年2月21日 (月) 06時23分

「何も悔いるものがない」
素晴らしいと思います。

ご主人と、息子君と。
大変なこともいっぱいあったけれど、最後までお母さんのそばにいられたこと。
自宅で看取れたこと。
家族のきずなを深めることができたこと。
大変だった毎日を頑張り通したティカさんへのプレゼントなのかもしれませんね。

お母様からのティカさんへの感謝の言葉。
神様とお父様が、お母様に力をあたえて下さったのだろうと私は思います。


こちらのブログでは、私は実家のことから、義父母のこと、役員会のことまでグチらせていただきました。
そのたびに、共感し、励ましてくれるティカさんに、どれだけ支えられてきたか…。

こちらこそ…
ありがとうね。

投稿: かのん | 2011年2月21日 (月) 14時14分

ayamiさんへ

こちらにコメントありがとね。
覚悟していたとはいえ、こんなにあっけないものとは思っていませんでした。親を見送る・・・私にその時が来たんですね。私にもしものことがあったらどうしようという緊張感がずっとあったので、無事に見送れてほっとしています。

私のこと生んでよかったと思ってくれているかな?実はね、母は身体が弱く医者に出産はやめた方がいいと言われたようですが、私を生んでくれました。だから、ひとりっ子なのですが・・・私を生む決断をしてくれて本当に感謝です。

やはり今は母の最期の時のことが浮かんでしまうのですが、これからは楽しかった思い出などにも浸ってみたいと思います。

投稿: ティカ | 2011年2月22日 (火) 23時35分

かのんさんへ

かのんさん、こちらのブログへたくさんコメントありがとね。

「何も悔いるものがない」そう言いきってしまいましたが、まったく何もないわけじゃないんです。最期の瞬間に気付いてあげられなかったことや、あの時ああしていれば・・・という思いはあります。でも、私は私なりに精一杯やったし、それでよしとしたいなと。後悔を後悔を思わないでおこうと思ったのです。父の時もそうだったしね。これは私の性格かもね。

主人や息子のこともいろいろあり、ここでグチったこともありましたが、いろいろ聞いてくれてありがとね。慰めてほしくて記事を書いたこともあったような・・・かのんさん自身、介護の現場がとても身近ですので、本当にいろいろなことが参考になったし、私の非常に大きな支えとなってくれました。ほんとうにありがとう。

このブログの記事はもう更新しないと思いますが、しばらく残しておくつもりですので、よかったらここに書いてくださいね。

投稿: ティカ | 2011年2月22日 (火) 23時56分

ティカさん。

お言葉に甘えてこちらにも来てしまいました。

お母様、家族葬だったのですね。
今は身近な方々とゆっくりお母様を偲ばれていらっしゃるとのこと。

義母もね、本当は家族葬を希望したのです。
ただ、私の友人が家族葬でお父様を見送られて、その後の1年間が大変だったらしいの。
友人のお父様は大学の先生だったので、後から知った学生や友人がご自宅を訪れたらしく、彼女かお母様、どちらかが必ず家にいる状態だったらしいのね。
義父は退職して10年以上たっていたし、そういう心配はなかったけれど、なかなかうるさ型の親戚もいたりで、通常の会館でのお葬式にしました。

悲しみごとの中で、いくつか嬉しかったこともありました。
うちは、マンションに引っ越してから5年たつのだけれど、特に親しくしているお宅はなかったのね。
ワンちゃん飼っていたり、子どもが同級生だったりするとおつきあいあるみたいだけど、うちはどちらも違うので、受付とかも会館の方にお願いしたの。
義父が亡くなって自宅に戻ってくるのを見た方がいらして、その方の連絡で翌日、「お手伝いすることない?受付とか。」うちに二人の方がみえてくださって。本当に嬉しかったです。
この方たちがマンションの理事長さんに連絡してくれて、掲示板にお葬式の日時を掲示してくれて、数名お葬式にいらしてくださったり、後からお線香をあげにみえてくれる方がいらしたり、全く予想も期待もしていなかっただけに、お心遣いが胸にしみました。
職場の後輩の方の弔辞や、大学の同窓の方からのお手紙など、義父のしらなかった一面を見る思いがして…。
いつもは寡黙な義父だったけど、お酒が入ると歌ったり、踊ったり「うちの奥さんは八千草薫よりも美人だ~!」とか叫んだりしてたらしくてcoldsweats01

きっと、ティカさんも、お母様の思いで話をしながらいろんな想いがよみがえっているのではないかしら。

また、よかったら想いを綴ってね。

もう一つのブログに書いた長男。
「明日、休むと週末遊べねえから明日は学校行く。」そうです。
正論をぶちまかす夫とうまく折り合いをつけられるかどうか…typhoon夫的には「熱が下がっても5日間はウイルスでてるらしいから、今週は休んだ方がいい。」私が異論を唱えると「だとしても、体力は落ちてるし、自転車は大変だからお母さん送ってくならいいけど。それはイヤでしょ?」だってangry
どうなることかsadです。

それからね、役員の方はね、さらに一波乱です。
来年度のことに今年度までで辞められる方々がいろいろと…。
役職のこととかも「対外的に考えると」とか…wobbly
来年度も続ける私たちには全く連絡がないまま、意見も取り上げられないまま、その方たちで学校に働きかけられたのです。
知らないままの私たちに、状況を教えて下さった方がいて、もうひとりのメンバーと、残るメンバーの想いをお伝えしたのだけれど、全くとりあってもらえず。
卒業する方々はその方たちなりに想いがおありになるようで、先日の総会ではお互い一言も口をきかず、目も合わせられる状態ではありませんでした。
これから卒業式、送別会、新年度には慰労という形で歓送迎会にご招待する事になっているのですが。
でも、なるようにしかならないし。
とりあえず、同期のメンバーの考え方と方向性は同じなので、そこをよりどころにして進んでいくしかないのかなって思っています。


きゃ~!甘えすぎて愚痴り過ぎてしまいました。

法的手続きも多いよね。
何回市民サービスセンターに行ったことか…。
ティカさん、お身体気をつけてねclover

投稿: かのん | 2011年2月24日 (木) 16時01分

かのんさんへ

かのんさん、いらっしゃいwink

家族葬ですが、お友達のお父様のその後1年間というのは凄いですね。実は父の時も家族葬で、それも自宅で通夜、告別式をしました。葬儀の参列や香典も遠慮願ったのですが、私がポロッと父の友人に日取りを言ってしまったがために、皆に知れ渡り、通夜の時も皆外で待っていてくれて、なんか申し訳なかったんです。その後2週間ぐらいは毎日、その後も来て下さる方がいました。かえって斎場でやったほうがよかったのかも・・・と思いましたね。でも、自宅に父の友人がお焼香に来てくれた時に、父の思い出話をいろいろと聴けたので、かのんさんの義父さんのように、私の知らないいろいろな面も知る事ができよかったなと思いました。
母は認知症になってから今のところで同居を始めたので、新たな友人もいないし、親戚も皆、高齢でなおかつ遠方で来れない人ばかりなので、家族葬でよかったなと思います。でも自宅はやめて斎場にしましたけどね。

役員のことは一波乱、二波乱ありますね~次年度の方に、こうして欲しいとお願いするならわかるけど、相談なしですか?思いが残るのはわかるのですが、(私も大丈夫かな~と心配になったりしたので・・・)でも、次年度のことは次年度の方に任せないとね。役員はそれなりに真剣な人が多いので、そうなるのでしょうか・・・でも、同じく残る方と方向が同じだと確認もできたことだし、それがなりよりですので、頑張ってくださいねpunch

息子君、週末の遊びを考えたら、やはり学校へ行きたくなったのね。それはうちの息子と同じ発想だわ。さて、ご主人はどうでるんでしょうねsmile

またまた何時でもここ使ってね。

投稿: ティカ | 2011年2月24日 (木) 22時44分

今頃知ってコメントすることをほんとにお許し下さいね。

お母様、穏やかな自宅での旅立ちだったのですね。
ご本人にとっても残されたご家族にとってもなによりでしたね。
ご冥福をお祈りいたします。

ティカさん、長い介護生活、お疲れ様でした。

私の方は、義母の最後の入院と覚悟していたのですが、肺炎は治り意外と元気な姿です。
栄養点滴のみで生きている(主治医から口からの摂食を禁止された)ので可哀想です。
認知ははっきりしており、パーキンソンの痛みとの格闘です。

もう少し人間らしい姿で生きて欲しいと願いますが、私の実の親ではないので私に決定権はありません。
悔いがないと言い切れるティカさんが羨ましいです。

これからおばあちゃんのおられない生活の中での子育ては、
また変わってくることも多いでしょうね。
でも、天上できっとお母様も応援してくださるでしょう。

投稿: 紅茶 | 2011年3月 8日 (火) 14時02分

紅茶さん

コメントありがとうございます。
お義母さま、どうされているかなと気になっていました。持ち直されたんですね。

母は緩和ケアに入ってから、痛みのコントロールのみで、延命治療はやめました。食事がとれなくなってきても自然にまかせると言われ、フェイドアウトするように命を終えました。母に変わって私が選択しましたが、母に認知能力があったら、きっと同じ選択をしていると思います。そう思えるからこそ悔いも残らないのです。

私は母が亡くなった時、それまで頑張ったことが急に形になったような感覚を覚えました。心にストンと落ち、清々しさを覚えてくらいです。途中で逃げ出さなくて本当によかったと思いました。

お義母さまは生命を維持されている状態ですので、私が同じ立場だったら、それを止める決断はできないかもしれません。ご家族の想いはひとつではないですものね。
紅茶さんは今まで十分に頑張ってきたと思います。お義母さまがいつか最期を迎えられる時、自分自身に納得がいくのではないかと思います。
まだまだ大変だとは思いますが、頑張ってくださいね。

投稿: ティカ | 2011年3月 9日 (水) 23時41分

ティカさん、お久しぶりですhappy01
やっと家の中がスッキリし、こちらに向かわせていただきました。

父はアルツハイマー型認知症ということで要支援3(だったかな)となり、週3回デイに通っています。母は以前と同じ要支援2で週2回、リハビリ中心に行っています。

どうも、母の入院中に症状が進んだのではないかとおもうのだけれど、「レンジの使い方がわからない」「年賀状が書けない」「通帳がない」と何度も義姉に言ってきたとか。
できればその時に病院に連れて行きたかったけれど、私はそれらを知らず、また、わかったとしても父は行きたがらなかったかも。

昨年の秋に、床屋に連れて行くはずが、父に案内されたのは老人憩いの家、そこからの床屋までの道のりがわからない。
セーターを渡してもそこから先が止まってしまい、着るのを手伝う。
老人会の旅行の時になにか迷惑をかけたらしい。
受診のために、老人会のバスの迎えに行ったときにバスのステップから半分落ちるように降りてきた父を見て、『もう、老人会は無理だ、母のケアマネさんに相談しよう』と決意し、面談日に相談しました。
それまでに、デイのことを話しても、父は「女衆ばっかだからいやだ」と言っていたので、
なるべく男性がいるところ、リハではなく、歌ったりお茶を飲んだりが中心のところをお願いしておきました。
ケアマネさんが熱心な方で、母の面談に行ったときに簡単なテストもしてくださり、すぐに介護申請をしてくださったそうです。

その後、脳外科に連れて行き、診断が下されました。
私を妹、義姉を兄貴の嫁さん、自分は50台才と答えました。
その時のドクターの態度がとても嫌で(温かみがなく、質問も上げ足をとるような感じでした)、数か月に一度の受診なら、遠いけれど評判のいいところに変えようと思っていたのですが、幸いかかりつけの病院で薬を出してもらえばいいとのことでほっとしました。
私の夫の事や子どもたちの子とはわかるので、本によると「初期」ということになるようです。
年齢的なものから心臓弁膜症もあるということなので、月に一度の内科受診も続けています。
たまに顔をだしたりしても義姉も優しくしてくれているし、母の入院の時よりも関係はよくなりました。
近所に住む姉にも、兄から「おまえもたまには顔を出せ!娘だろ!」と連絡があったそうでsweat01、月に数回、歩いて実家に行ってくれているようです。
これから、どう症状が進むのか不安はあるけれど、ティカさんの頑張りを胸にがんばるよ。
ブログね、いろんな方のを見たけど、なんだか辛くなってきて、つくづく「ティカさんの言葉には悲しみもつらさもあるけれど、ユーモアと愛があるな~」って思いましたheart03

役員もあとすこしになりました。
多モメしましたが、2年目の方は、大きな行事目前におやめになりました。
データも自分たちの作成したものから、以前の方々の物までかなりの量が削除され、会計に関してはカラのUSBが戻ってきました。
いろいろ悔しい想いをしたし、申し送りがなかったことから、彼女たちが担当していた学年の評議委員さんからも批判浴びたりして、辛い思いもしましたが、今は良い経験だったと思うようにしています。
どうも私は天然なのか、先日そのうちの一人とあった時に、以前のように笑顔で手を挙げ「こんにち」まで言い、彼女のひきつった顔をみて「ああ、そうだった」と「は~down」(あげかけた手は鍵を探すふりしてポケットにcoldsweats02)となんともしまりのない挨拶をしてしまいました。
来年度は1年目の方が中心となりますが、皆さんお仕事で話し合いに参加できないことも多かったので、時々中に入ることになるかもしれません。
会長さんが「初めて入った方でもすぐに勤められるように、仕事をスリム化して、マニュアルをしっかり作りましょう」と言ってくださり、まったく同感なので、マニュアル作りなど、できる限りのことををやって引き継ぐつもりです。
いろいろ励ましてくれてありがとうねshine
長くなっちゃってごめんね。
またよらせていただくことがあるかもしれませんが、このブログを閉じたくなったら遠慮なく言ってね。

ティカさん、大変だったみたいだけれど、元気戻りましたか?
いつも応援しています。
お互いにがんばろうねclover

投稿: | 2012年2月 8日 (水) 08時59分

ごめんなさい!投稿はかのんでした~coldsweats01

投稿: かのん | 2012年2月 8日 (水) 09時01分

かのんさんへ

またこちらに来てくれてありがとう~lovely
このブログ、ずっと放置してしまっていて私も久々にやってきましたcoldsweats01

お父様とお母様のその後、気になっていました。近況教えてくれてありがとう。お父様、やはり認知症進んできているのですね。でも、また自分で「○○がわからない」と言えるところなど初期段階かもしれませんね。母はデイでとても楽しそうに時間を過ごしていました。お父様もデイのレクを楽しみながら生活できるといいですね。支える家族は大変だと思いますが、息抜きしつつご兄弟でなんとか協力しつつ頑張ってくださいね。何かあったら、いつでもここに書いてね。

それと役員の仕事もそろそろ終わりなんですね。ほんとお疲れさまでした。しかし、データ削除やカラのUSB?ムムム・・・そんな嫌がらせしなくてもね~自分が他人にしたことはいつかは自分に報いがきますよ。
手を挙げ「こんにち」まで言ったら、顔がひきつっていたのでしょ?彼女はこれからも、ずっとひきずった顔を持ち続けるのでしょうね。天然のかのさんの方がずっと素敵ですよ~
私は書記だったですが、引き継ぎされた時、昔のがそのまんま残ったわかりにくいマニュアルだったので、辞める時、綺麗に作り直しました!!大変だったけど自己満足(笑)スリム化は仕事しやすさの第一歩ですね。頑張ってくださいね。

息子のことでも心配してくれてありがとう~なにせお休みしてしまうのでなかなか大変なのですが、カラ元気?で毎日頑張っていますので!!これからも応援よろしくですhappy01

「ユーモアと愛」のブログ頑張るからね。そう言ってくれて嬉しいティカでしたheart01

投稿: ティカ | 2012年2月 8日 (水) 11時53分

ティカさんこんにちは。
ぷらすエールの座談会も大成功のようでよかったですwink
楽しく、有意義だったのでしょうね~。
私も行きたかったな~。
またの機会を楽しみにしていますねtulip

我が家の父はさらに症状がすすんでしまったようで…。
週に3回のデイのことも覚えていないようです。
お風呂を汚してしまったり、外に出て行ってしまい義姉が探しに行ったりで、母はストレスがたまりまくり。
母は足、腰が痛いとのことで、私がお世話になっている整体に週2回ほど連れて行っていますが、車の中では愚痴のオンパレードでsweat02
母のストレスを少しでも解消したいと思い、兄にショートステイのことを相談したら「おふくろがうんと言わない」そうで、私から説得して今週から週に1度、入れることになりました。
その時に兄から「これ以上手がかかるようなら施設に入れるからな」と。
覚悟はしていたけれど、やっぱりショックですね。
なんとかその時期を遅くしたいと、母や兄夫婦に負担をかけないようにできないかな…と思います。

あとね、義母なんだけれど、同じ話を繰り返したり、先日はうちに電話してきたことを覚えてなくて。
夫に「病院に連れて行こう。一度診てもらおう」って言ったんだけど、「正直、認めたくない気持ちがある。もう少し様子を見よう」と言われました。

他にも、お世話になっていた美容師さんが、親の介護のために実家に戻ったり、一緒に役員をしていた人も義理のお母さんの介護に悩んでいます。
だんだん、そういう年齢にはいってきたんだなと。

兄と話した時には「勝手に出て行ってしまうのも、迷惑かけたりしていないし、うちにも戻ってこれるし、今は自由にさせよう」ということになりました。
そして、母と義姉にも「もし、それで何かあっても、責めるようなことは言わないから。」と。
父ね、加齢からくる心臓弁膜症なの。今年で93になるのかな。
薬の服用はしてるんだけどね。
ホントは朝の散歩とかはよくないんだけど、本人が行きたがり、母に黙って出て行って、それで母のストレスがたまる…という繰り返しになっているようで。
とりあえず、母と義姉の精神的負担は少しでもとりのぞいておきたくて。

なんだかほんとに愚痴りに来てしまいました。
ごめんね。
明日は母を整体に連れて行くので、父のショートステイ後の様子などまた聞いてみるつもりです。

もうすぐ新学期。
お互いにがんばっていこうねcherryblossom

投稿: かのん | 2012年4月 4日 (水) 18時02分

かのんさんへ

コメントありがとう!いろいろ大変な思いをしているね。
身体は大丈夫?

そうか、お父様も症状が進んできたんだね。うちの母はデイに通い始めた時にはすでにデイに通っていることをわかっていなかったかも・・・お母さんのなるべく家でお世話したいという気持ちは
わかるけど、気持ちがあってもどうにもならなくなるのが介護だと思う。かのんさんの週1のショートはいい選択だったのではないかな。家でのいろいろも大変だけど、外に出てしまうのがやはり心配。うちの母も信号が赤なのに横断歩道を渡ってしまったり、道を横切る時に、左右確認しないで渡ろうとしるので、いつ車に轢かれてもおかしくなかったよ。施設を利用するのは、危険から身を守ることでもあるから、感情で割り切れるものではないと思うけれど、あくまでもお父様の考えて決めてほしいなと思う。

義母さまも認知症の気配が?ご主人が、認めたくない気持ちもわかるけれど、今はいいお薬もあるよ。進行を遅らせることもできる。それは早ければ早いほうがいいので、やはり一度受診されたほうがいいと思うな。

認知症はよくなることはないので、本当に大変だと思う。今、ご家族が抱えているもの、少しでも軽くなる方法があるといいね。人間の頑張りは限りがあると思うので決して、無理はしないでね。

愚痴は吐かないと煮詰まってしまうから、またいつでもここを利用してね。

うちは明日、新学期。お互いに頑張りましょうね!

投稿: ティカ | 2012年4月 4日 (水) 22時18分

ティカさん、こんにちは。

昨日、母を内科に連れて行くために実家に行ってきました。
膝と腰の痛みがよくならず、結局手術を受けることになり、その前に心臓の負担について主治医の意見を聞く必要が出てきて。
私はいつも実家に行くとトイレ掃除をまずやって、それから掃除機をかけたりするのね。
その時に「あれ?なんか臭う。」っておもったんだけど、内科で待っているときに母から父がトイレで粗相をして、気づかずうちの中を歩き回ったので、便が固まったままになったりで大変だったと聞きました。

うまくふけなかったり、漏らしてしまうのは聞いていたけれど、その存在に気づかず(便器の前に落ちていたそうで)、踏んだまま歩き回ったというのがショックで。足の違和感とか臭いとか気が付かなかったのか…。

母のオペ後は最低でも5週間の入院。
今、デイでお世話になっている施設で預かってくれるというので、そこにお願いし、私が面会に行ったり、外泊の時は私が実家に泊まることになると思うんだけどね。
兄嫁に今の父を5週間もお願いできない。かといってうちに来てもらうのも無理で…。部屋もないし、認知症の人は環境の変化はよくないと聞くとそれも気になってしまって。父は我が家には泊まったことがないのね。それと、もしかすると子どもたちも父の変化に驚くかと。
たまに遊びに行く限りではそれほど変化は感じることがないけれど、いく日も過ごすとなると…。
となると、施設にお願いするしかないかと思うのだけれど、なんだかとっても心配です。
その5週間で症状がすすまないか。
ただ、実家にいてもほとんどうつらうつらしながらテレビを見ているので、施設のほうが刺激がたくさんあるのかなとも思うのだけれど。
…正直、娘としての罪悪感もあります…。

母のオペもやったところでどの程度よくなるのか。

さらには私の姉が脳梗塞で入院してしまいました。
といっても命に別状はなく、半身まひという状況でなんだけれどね。
日曜日にまっすぐ立っていられなくなったけれど、義兄が「今日は病院休みだし、明日にしろ」とのことで、翌日受診したそうで…。
「そういう時にはね、振り切ってタクシーでも来なくっちゃだめだよ!自分の身体なんだから!」って病室内で言っちゃいました。

なんだか私がイライラしてもしょうがないんだけど。
ひとり息子は結婚前だし、仕事で県外にいるし。甥っ子のこともきにかかって。
ただ、姉の場合は私よりずっとポジティブ思考の人なので、「これも天から与えられた試練かな。乗り越えればなにかいいことあるかなって思って頑張るよ。」と。
リハでどこまで身体機能が回復できるか…、陰ながら応援しようと思っています。

ティカさん。
本当によく自宅での介護、そして看取り…。
父の症状が進むに従い「ティカさんすごい」の気持ちがますます強くなっています。

この気持ち、旦那にも話せてないんだ。
だからここで吐き出しちゃった。
ごめんね。
ありがとうheart01

投稿: かのん | 2012年5月26日 (土) 17時40分

かのんさんへ

お父様の認知症、お母様の入院、お姉さまの脳梗塞・・・
いろんなこと大変なことが重なってしまいましたね。かのんさんの体調は大丈夫?

まず、お父様だけど、やはり認知症の一番好ましくないのは、環境の変化。住みなれない場所での生活でパニックをおこしてしまう心配があります。うちの母が今のところに引っ越してきた時がそうでしたから・・・寝る部屋もトイレの場所も物の仕舞い場所もわからない。そして「情けない」「死にたい」とネガティブ。あの当初は、本当にどうしようかと思うほど、大変でした。

お兄様のところ、かのんさんのところ、施設、どこも住み慣れていないことでは一緒。ならば、やはり施設が一番いいかなと思います。24時間のことですし、なんたってプロの目があるもの。職員さんが常にいてくれることは心強いです。かのんさんは、いつもご両親のことを心配し、十分に尽くしているよ。罪悪感を感じることなんてないからね。

認知症はどんどんと症状が悪化していくけれど、やはりトイレの失敗が始まった時、「きたか~」と思いました。それほど、家族にとってはショックです。でも、目の前の現実から目を反らすわけにはいかないし、人間、突きつけられたら乗り越えるしかないもんね。

私は、認知症だけだったけど、かのんさんは、お母様やお姉様・・・抱えているものは私よりもたくさんあるんだもの。すでにいろんなこと乗り越えているよ。十分に頑張っているよ。だから手を抜けるところは手を抜いてね。
あとはいつでも、ここで吐き出してね。
体調だけは気をつけてね。応援しているからね。

投稿: ティカ | 2012年5月26日 (土) 23時46分

ティカさん。こんにちは。
またまた来ちゃいました~coldsweats02

母の手術が7月後半。心臓の薬の関係で入院が7月中旬。前日に父を今お世話になっている施設に預かってもらうことになっていて、昨日打ち合わせに行ってきました。

兄からは「将来的にはグループホーム」という言葉も出て、私としては「辛いけれど視野に入れなければならないこと」としていろいろ質問、見学させていただいてきました。

さっき、兄から電話があり、また父がトイレの失敗であちらこちら汚してしまい、母が怒っているとの連絡。「グループホームについてどう考えるか」母に確認してほしいとのこと。(母と兄だと喧嘩になりやすいので)
自分の手術も控えて、イラついている母なので、父を予定よりも1週間早めに預かってもらうことを提案したらどうかと話したところ、再度兄から電話があり、母も「その方が助かる」ということで、兄の方から早めに預かってもらえるか、施設に確認してくれることになりました。
今のままの状況だと、どんどん父の「入所」の文字が近づいてくるような気がして。
離れて暮らしている私はわがままかもしれないけれど、やっぱり1日でも長く自宅で暮らしてほしいと思ってしまいます。

母の入院は5週間の見通しなので、その間、週1の割合で「外泊」として帰宅することになっています。できるだけその日は私が泊まりに行こうと考えています。だんだんと弱ってきているような気がするので、一人で寝かせるのもちょっと心配だし…。(もしかしたら兄が寝てくれるのかもしれないけれど…。)

昨日スタッフの方に質問したところ、入所している方の中にはスタッフを自分の娘と思っている方、家族が外泊に迎えに来てもわからず、「行かない」とおっしゃる方もいらっしゃるとのこと。
う~ん。そうなったら辛いなあ。
ティカさんのお母様はティカさんの事「娘」ってわかっていらしたのよね。
すごいな~って思います。
本当に頑張ったものね。

そういえば私、今朝がたティカさんが夢に出てきたのよ~。
きっと昨夜「ティカさんすごいな~」って想いながら寝たからだと思うんだけど、
夢の中では
私の家の近くのお宅で会って、そこがなんと上野先生の家。
いろいろしゃべってるうちに、「もっといろいろ話したいし、こんどうちにお茶しにおいでよ~happy01heart04cake」って誘っているところで目が覚めました。
一度お会いしてるから、ちゃんと顔もそのままで、会話してましたcoldsweats01
目が覚めて「あ~ティカさんだった~。」ってしばらくぼ~っとしてましたcatface

私、ほんとにいろいろ夢を見るので…。
今回のは目覚める直前だったので、すごくリアルで笑っちゃいました。
もしかしたら、エンカレッジの「茶話会(でしたっけ?)」が頭にあったのかもしれません。

そうそう、息子君の「ロレックス&砂金」には笑っちゃいましたhappy02
うちの長男、高校入学を機にネットで好みの時計を買ったんだけど、そのロゴ(?)が王冠みたいで一瞬「嘘!ロレックスみたい!」(たしかロレックスって王冠でした…っけ??ブランドもの弱いので)ってよく見たら、王冠の下の文字は「パロックス」でした。
もう大爆笑up
「そうだよね~1万円でロレックスなんて…コピー商品しかないよね~smileそれにしてもパロックスって…sign05up」って。
ティカさんの腕にロレックスが輝く日を、楽しみにしてま~すwineshine

投稿: かのん | 2012年7月 1日 (日) 20時52分

かのんさんへ

コメントありがとうね。
お母様、いよいよ5週間の入院なんですね。お母様がお父様を早めに施設にお願いすることに「その方が助かる」と言ったんですね。やはり、お父様のことは負担になってきているのかな。やはりトイレの失敗はかなり家族にとってダメージだと思う。

私の母はかなり進行してきても、まだ私のことが分かっていたからね。忘れられたらやはり悲しいかな。でも、進行していくと避けられないことだし、それが施設に預けることによって早まったとしても、どうすることもできない。家族は悲しいけれど、本人が悲しい思いをするわけじゃない。そう思って、ここはクールに受け止めて前へ進んでほしいなと思う。

お迎えに行って、もし「帰らない」と言われたら辛いけど、そこを居場所として受け入れているということでもあるから、施設にお願いすることの罪悪感が少しなくなるかな?逆に「早く帰りたい。もう来たくない」と言われたら、それも辛いものね。お願いしなければならないこともあるわけだから。
認知症にとって幸いなのは、その時の感情が後に残らないということ。施設で過ごしたという時間も忘れてしまったりするので、ドライに考えることもできるかな。

グループホームを考えているんだね。私のお友達のお父様が、最後はグループホームだったけど、家族らしく生活できてよかったと言っていたよ。施設ならグループホームいいかもね。


かのんさんの夢に私が登場した??嬉しいなhappy01
それも上野先生とセットだなんて。お茶に誘ってくれてありがとう。リアルに誘われたら、すぐ行っちゃいますからcafe

「バロックス」の時計?名前からして、ロレックスのコピー間違いなしだねbleah息子くんの腕、ピカピカに光っているかな?私も数年後、光らせていたいと思いますhappy01

投稿: ティカ | 2012年7月 2日 (月) 15時46分

お久しぶりです~shine
元気ですか?

おかげさまで母の方は手術も無事に終わり、今はリハをやっています。
歩行器が必要なくなれば退院らしいのだけれど、傷の腫れもなかなかひかず、ふくらはぎがツルそうで、今月中は…どうだろうdespair
洗濯ものとか、義姉に頼むのは悪いので週に2回行ってます。

父なんだけれど、心臓弁膜症があるのね。あと、高血圧。
母の入院前からショートステイにお世話になり、金曜帰宅、土曜日に私が泊まりに行き、日曜の朝お迎えに来てもらうのだけれど、先日の受診の時は「歩くのが大変」とのことで車いすを借りて受診しました。
二男と娘も付き添ってくれたのですが、診察後私だけ呼ばれ
「弁膜症も高血圧もあるし、以前より心臓も大きくなっています。
今後考えられることとしては、脳に血液が回らなくなって失神、心臓発作、AEDを3分以内に使用しないと危険という状況になることも考えられますが、病院に行っても年齢から、できることは限られてきます。無理せず、好きなことをさせてあげてください。」
って言われてね、ショックでした。
その後、施設まで送っていったのだけれど、職員さんと手をつないで歩いていく父の姿を、背中がまるまって小さくなった父の姿を見たら涙がこみ上げてきました。

主治医に言われたことは母、兄、姉にもつたえたんだけどね、やっぱりなんともしようがないというのが今の状況かな。

父は認知症もだけれど、筋力の低下が著しくてトイレも大変。
夜もトイレに10回以上おきるのね。
出るわけないんだけど。行ったことを忘れて、また行くのかな。
距離が近くなるようにベッド向きを変えて手すりをつけてもらったんだけど、今まで通り遠回りをしようとするのね。
見ていた兄が「さっきも言っただろ。」とかいうから「お兄ちゃん、その都度誘導しないとだめだよ。さっき言ったのは忘れちゃうんだよ。」なんて注意したりね~coldsweats02
そして、おむつをしたままトイレに座っていることもあり、実家に泊まった翌日は私も寝不足で…sweat01日曜の午後は爆睡してしまいます~sweat01

母が入院してから母のことを一度も口にしないので義姉に「お母さんの事一度も言わないね。忘れちゃったのかな。」って言ったら「昨日、私がお迎えに出たら 家内が迎えに出てくれました って言ったのよ~。」って。
前に妹と娘、兄と息子を言いちがえていたので、今回も家内と嫁を言いちがえている可能性もあるけれど、母が戻ってきてから「お宅さんは誰ですか?」にならないことを願ってますwobbly

子どもたちも泊まるときには連れて行っているけれど、手をひいてくれたりドアの開け閉めを手伝ってくれているので、父も少し嬉しそう。
でも、以前の父はテレビをみたり本を読んだり、「よく来たな。」「もっと食え。」って声をかけてくれたのが今はほとんどないので「老い」という現実を目の当たりにしてほんの少し戸惑いも最初のうちは見せました。

母が退院した後どうするのか。
とりあえず、近所の老健(ここは医療行為もアリ)と別のグループホームに申し込みをしました。
両方空きがないのでしばらくはショートでつないでいくことになると思うんだけどね。
先日兄と話をしていて、「あそこの施設なら空きがあるかもしれない。」って言ったら「あそこは…あんまり入れたくないな。」って。
私も同感だったのでほっとしました。
その施設はすごい大きくて豪華なんだけど、威圧感のある建物と、立ってる場所が山の上で、なんだか隔離されているような印象を受けてしまったのよ…。
もしかして兄は「入れればどこでもいい」って考えているのかな…って不安があったのでね。兄の意思を確認できて安心しました。

そう、意思といえば、前に両親そろったところで「気管切開」「胃ろう」についての意思確認をして二人とも「苦しくないようにはしてほしいけれど、そこまではやらないでいい。」との意見でした。
ホントは兄も同席しているときがよかったんだけど、場の雰囲気があるし、その時はそんな流れになったので「今、聞くしかない!」って聞いちゃいました。父は自分の考えや意思はまだ明確に表現できるのでよかったです。
おかしいのは食べ物のこと。
たいていのことは忘れるのに「シャワー浴びたらこの水羊羹たべようね。」とかはしっかり覚えていて「さっきの…水羊羹。」とか言うのよ。それもシャワーは拒否して、身体を拭くだけにしたんだけどね~。やっぱりDNAを感じる私ですcakewink

ティカさんのお父様も病気を抱えながら日常生活を送っていらしたのよね。
うちは、施設にお世話になりっぱなしだけれど、できるだけ父らしく、家に戻ってきたときには悔いのないように娘として接していきたいと思っています。
相変わらず長くて、愚痴って…ごめんね~weep
まだまだ暑い日が続くけれどお身体気をつけてねheart04

投稿: かのん | 2012年8月13日 (月) 11時48分

かのんさんへ

今ごろでごめんなさい。
コメントいれてくれたのに気づかなくて・・・shock
コメ通知、見逃しちゃっていたみたいです。
何か月も放置していて今日、久しぶりに覗いてみたら、なんと~!!
最近、へんなコメが続けて入ったので、コメ欄も封鎖してしまっていました。その時も気づかず・・・本当にごめんなさいcoldsweats02

その後、状況も変わっていると思うので、なんてお返事をしていいのかわかりませんが・・・その後、いろいろと状況も変わっているよね。いつもご両親に最大の愛情を注がれているかのんさん。お身体だけは気をつけてね。

投稿: ティカ | 2013年4月 2日 (火) 19時46分

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